澄み切った世界で「宇宙」に出会う
携帯のアラームが静かに鳴る。「午前0時」。予定していた起床時間だ。
同室のお客さんを起こさないように静かに身支度を整える。
就寝したのは午後9時なので、およそ3時間の仮眠。
発電機も止まって館内は完全な暗闇。懐中電灯の明かりで、そっと部屋を抜け出す。
なぜ、こんな時間に起床したのか。
それはこの乗鞍岳から「とっておきの光景が見られる。」と聞いたからです。
手元明かりで自分の靴を探していると、ほかにも数名の方が闇の中でゴソゴソされています。
みなさん考えることは同じなんですね。
外に出ると「真っ暗」。人生でこれだけ漆黒の闇を体験することはあまりないと思います。
そして気温は「マイナス2度」。秋の入りとはいえ、標高2,700m地点では納得の気温。とにかく寒い…。
しかし、研ぎ澄まされた「闇夜の世界」。
そして、空を見上げると…
「お…ぉぉぉぉぉ…」
感嘆とも、嗚咽ともつかない唸り声が自然とでてしまった。
「満天の星」…そして、おそらく私自身初めて目にする「天の川」…
星と自分の距離感さえわからない「闇」。街では見たことのない密度の星々。
ひとつ一つの色や大きさがこれほど違うものだとは…
街では「夜空を見上げる」と何気に言いますが、ここにあったのは「宇宙」そのもの。
見上げる…というよりは囲まれている…。むしろ「宇宙にいる」ような感覚。
とにかく、筆舌に尽くしがたい、心揺さぶられる光景が全身を包んでいました。
寒さを忘れ、しばらく呆然と宇宙を見回す私。「呆然自失」というのはこういうことなんでしょう。
多くの星々の中から知っている星座を見つける。そして「あれがオリオンだ…」とつぶやいてみる。
しかし、それがいかに白々しいことかを教えられる…
マイナス2度の神聖な世界に佇み、約1時間。
旅の大切な一瞬を、目と心にしっかりと焼き付けて、再びベッドに戻るのでした。
日が昇り「地球」の時間が動き出す
…枕もとのアラームが再び静かに鳴動する。時間は「午前4時」。
数時間前に冷え切った体は、十分に温まった。
昨晩以上に防寒を意識して身支度を始めますが、気づけば同室の方はすでにいない。
どうやら私が一歩出遅れた様子。
この乗鞍岳では「早朝にも素晴らしい眺めが見られる。」と聞いては遅れるわけにいきません。
「宇宙」の時間は終わりに近づき、漆黒だった世界が徐々に群青に染まってきました。
視界には、認識できる「影」が生まれて、地球の存在が露わになっていきます。
夜がいなくなってしまう前にあの尾根まで行くことが目的なので、靴を履き替えて歩き始めます。
宿の発電機も動き出し、窓に明かりが灯る。世界の輪郭がはっきりしてくる、なんとも不思議な感覚。
先には、小さな尾根を目指して歩く人たち。この畳平に泊っていたのでしょう。
さすがに懐中電灯もいらないくらい、薄明るくなってきました。
皆が目指す、小さな尾根をに向かって歩みを進めます。
尾根につくと、すでに幾人もの人が思い思いの岩に腰掛け、はるか地平を望んでいます。
一方だけ橙がかった空。あちらが東というわけですね。
目の前に一切の遮蔽物がなく、目線と水平線は同じ高さ。
そしてこの水平線は、果てしなく広がる「雲の海」。こんな景色は今まで見たことがありません。
日の出の時刻は調べればわかるのですが、この光景を前に時計をみるのは無粋。
息をのみながら、東の空をじっと見つめます。
天と地のコントラストが限界を超え、はるか地の果てから、鮮やかな山吹色の光が…
「………っっ!」光を認知した瞬間、息をのみこみ。
そして「おおぉぉーーー!!」と感嘆の声。気づけば周りの人たちからは拍手も上がっています。
あとはせわしないシャッター音。
そこからは、まさに一瞬の出来事。
突然、夜と入れ替わった太陽は、そのエネルギーで瞬時に地表を覆う。
一気に世界がオレンジに染まり、大地が、空気が「温度」を取り戻す。世界に「生命」が宿る。
これが…太陽の力…なのか…。
あまりにもドラマティックな出来事に思考が追いつかない…
まさに「地球が動き出した」と呼ぶにふさわしい光景に圧倒されました。
始まりの時間はほんの数刻。
太陽が静かに世界を照らすと、あとは自然に「いつもの時間」が流れ続けます。
意識・思考が通常に戻ると、急に寒さを感じだす。人間とは不思議なつくりになっていますね。
気温はいまだに氷点下。アスファルトの水たまりは完全に凍結しています。
気が付けば午前6時。一旦宿へ戻ることにしましょう。
宿に戻ると朝食タイム。宿泊客の皆さんのほとんどが登山目的の方で、すでに食べ終えて身支度を整えておられます。
幸いにしてすいてきた食堂のストーブで暖を取って、私も朝食タイム。
ちょうどいい量の温かいモーニング。ここでしっかり食事をとって朝の補給です。
食べ終わるころには、登山客のほとんどが出発されていきました。
私もゆっくり身支度を整えてチェックアウト。
それでは、畳平の散策といきましょう。
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