【自転車旅】山口県ライド 番外編/「旅館 芳和荘」さん<遊郭に泊まる>

ツールド×旅Life
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今回は初めての【番外編】。本編で掘り下げられなかった「お宿」についての備忘録です。

この旅でお世話になったのは【萩市】にある【旅館 芳和荘】さん。

私の旅では「素泊まり」で「リーズナブル」な宿がターゲットになるので、ネットで検索した結果、ぴったり条件のあったお宿として特に気にすることなく予約をクリックした。というご縁でした。

ネット情報から「風情のある日本旅館」というのは伝わってきたのですが、実際に現地で目の当たりにすると、その存在感と風情そして歴史背景に圧倒されました。

それもそのはず。実はここ、もともと【遊郭】だったところを【旅館】として営業されている場所なんです。遊郭にまつわる評判や価値観は人それぞれですが、私的には日本の歴史風俗における重要なもののひとつと考えています。

そもそも現代において「遊郭に泊まる」なんてとても貴重な機会で、この偶然には感謝しかありません。今回実際に泊まってみて、その歴史背景とともに【遊郭造り】と言われる独特の建築様式に感動したので、この【芳和荘】さんを忘れないようにという意味で番外編として残したいと思います。

まず入ってすぐ、今でいう受付カウンターからは、その奥にある小部屋が見渡せる独特の造り。この小部屋は「顔見世」と呼ばれるエリア。今はロビーになっていますがかつての姿をとどめています。

玄関からまっすぐ伸びる大階段を上がって二階にあがると、美しい中庭を中心に「遊郭造り」の特徴である回廊が。部屋の名前もおそらく当時のものなんでしょう。私は「上津江」というお部屋を利用させていただきました。

6畳ほどの小さな客室もおそらく当時から大きく姿を変えていないはず。枕元にあるブザースイッチは用途はわかりませんが遊郭の客間としての設え(しつらえ)だったものでしょう。部屋の小物も昭和初期を思わせる独特のアンティーク感。

あまりの風情に、好奇心はとどまることを知りません。ご主人に許可をいただいて、カメラをもって旅館の隅々を探検します。

その中で気になったのが、回廊の柵に刻まれた平仮名。「ち」とか「し」とか不規則に並んでいて謎は深まるばかり。メモをしながら屈みこんで廊下を徘徊する中年は、もはや不審者です。

しかし、完成したメモと受付に置いてあった本の情報をもとにひも解くと、このように遊郭の【隠し屋号】が浮かんできます。ち・を・う・し・う・ら・う→「長州楼」おおー!すげー!!

ここで昔話を少々。元々「萩」は多くの船が発着する港町であり、廻船問屋などの商業とともに必然的に船員たちの立ち寄りの場として遊郭街も発達したそうです。【芳和荘】もいくつかあった遊郭の一つなのですが、実は大正初期に建てられた歴史ある建造物で、遊郭時代には「梅木」という名で営業されていました。当時のままに形をとどめているのはここだけの模様。

ご主人いわく「遊郭跡を旅館として営業するときには、地域から眉を顰められたり、実際に来た人が遊郭と知り怒って帰ったこともあったが、最近では文化的な認識も進んで若い女性も興味をもって泊まりにくるようになった。」とのこと。遊郭という思い背景を背負いながらも、歴史文化の保存のために苦労しながら営業されてきたことが伝わってきます。

現在は萩市の【景観重要建造物】にしていられていることから、世間にも認知され守られていく存在にになったということですね。ご主人は「指定を受けちゃったから、壊れても勝手になおせないのが大変」とおっしゃっていましたが、行政が責任をもってサポートしてくれるハズです。

今こうやって「元遊郭」に泊まることができるのは非常に貴重な経験であり、残してこられたご主人の想いと努力に心から感謝です。

旅をしてると人やモノ、場所との偶然の出会いが多くありますが、「宿」についてここまで感動的な出会いはありませんでした。その地域や歴史を感じられるような宿に巡り合うことも旅の醍醐味の一つとして記録&記憶しておきたいと思います。

旅館 芳和荘】さんに泊まったのは2018年のことですが、調べると執筆現在も営業されていますので興味のある方はぜひ訪れてみてください。貴重な経験と感動ができると思いますよ!

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